うつの海漂流記

2007年9月からうつ病に。3年休職して復職しましたが回復せず、早期退職。一人暮らしをやめて実家へ。

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充実していた父親の人生

父親は10月26日午前0時27分に亡くなりました。
享年85歳。
本籍地は三河ですが、東京は目黒育ち。
早稲田大学在学中に学徒動員で陸軍に。
でも将校だったのであまり苦労はしなかったそうです。
ゲリラ戦の演習ばかりやらされたと聞いています。
大学卒業後、中日新聞社に入社。
いわゆる取材記者ではなく、編集畑を歩みました。
新聞の仕事が好きで、昼夜を分かたず働いていました。
典型的な仕事人間でした。
おそらく新聞が生き甲斐だったと思います。
それでも私が小さい頃はあちこちへ遊びに連れていってもらいました。
一時期、東京の原宿と中目黒に住んでいたのですが、そのころが一番よく方々へ連れて行ってもらいました。
父親は鉄道が好きだったので、神田にあった交通博物館には毎月行ってました。
入口すぐの所にあった大ジオラマはいまでも覚えています。
それも小さな弟は家で留守番、私だけを連れていくのです。
帰りに不二家へ寄って苺クリームの載ったホット・ケーキを食べたのを今でも覚えています。
72歳まで現役で働いていましたが、心臓を悪くして会社を辞めました。
それ以降は趣味に没頭する毎日。
司馬遼太郎の本を全部読んでいました。
またメルクリンの鉄道模型に凝り、大ジオラマを自分で作っていました。
それから水彩画です。
NHKの通信講座に申し込みました。
講座の受講生の絵を集めた展覧会では特等を取っていました。
野鳥が好きで、鳥の写真をたくさん写していました。
また、花を育てるのが好きで、庭には常に花が咲いていました。
野球はもちろん熱心なドラゴンズファンです。
お風呂に入る時もラジオを持ち込んで、中継を聞いていました。
こうしてみると私なんかよりはるかに充実した幸せな人生を送ったのだと思います。
最期、誰にも看取られずに逝ってしまったのは残念ですが。
TVの前に仮の祭壇が作ってあって、遺影も安置されています。
日本シリーズのときはそのTVをつけておきます。
天国で見てるといいなあと思います。

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テーマ:鬱病 - ジャンル:心と身体

  1. 2010/11/01(月) 21:51:02|
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