うつの海漂流記

2007年9月からうつ病に。3年休職して復職しましたが回復せず、早期退職。一人暮らしをやめて実家へ。

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一族の歴史

昨日の午後、実家から帰って家にいます。
昨日は「成城石井」でお菓子やパン、チョコレートなどを買いました。
結構、いい値段がします。
でも普段は食費と医療費と本代しか使っていません。
うつ病になってから服もほとんど買わなくなってしまいました。
本当にたまの贅沢ですね。
実家で亡くなった父親の書いた一族の歴史の原稿を見つけました。
過去帳には350年前から先祖の命日が記載がされています。
定年後、暇だった父親はかなり徹底的に過去を調べたようです。
出身地は三河の旧東海道沿いの小さな村です。
町史も取り寄せています。
戸籍も遡ってずいぶん調べたようです。
70代の頃は元気だったんですね。
ただまだパソコンは習っていませんでした。
原稿は手書きなんです。
10年位前になりますが、名古屋駅前のホテルの料亭に親戚一同を集めました。
そこでこのコピーをみんなに配っています。
私ももらったんですが、当時は仕事と酒を飲むのに忙しく、目を通していませんでした。
手書きなので読みにくかったせいもあります。
そのうちに行方不明になってしまい探していたんです。
原稿はベッドの下に保存してありました。
「祖父のこと」「祖母のこと」「自分のことⅠ~Ⅳ」と分かれています。
けっこうな分量ですね。
せっかく掘り起こした歴史ですからこのまま埋もれさせておくのはもったいないような気がします。
今は仕事をしているので時間があまりとれません。
仕事を辞めたらこれをブログの「自伝」のカテゴリーに載せようかなと考えています。
なんでも江戸時代は松平藩のお庭番だったとか。
と言ってもいわゆる忍者ではありません。
商人の格好などをして藩内を歩き情報を集めるという地味な仕事だったようです。
身分も武士としては下級の部類だったんですね。
ただ血というのはやはり争えないもので、陸軍に徴兵された父親はスパイ養成機関、中野学校へ勧誘されています。
断ったそうですが、これは正解でしょうね。

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テーマ:鬱病 - ジャンル:心と身体

  1. 2012/10/21(日) 17:06:20|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

忍者だと思いますよ。

商人の格好をして藩内の情報を集めるのであれば
藩に雇われた忍者だと思いますよ。
忍者はそのようにして目立たないようにごく普通の人々の
生活の中に溶け込んで活動したと言いますので。
本当に凄い人と言うのは見た目普通なんですよ。
いかにもっていう外見なのはまだまだ成長途上では
ないでしょうか。
代々スパイ活動のため一般的な職業の格好で活動している
うちにスパイである事を忘れたりしてね。
その位でないと相手に怪しまれるでしょうし。
忍者って隠密行動なのでじいちゃん、ばあちゃんの方が
向いているかも。相手を油断させるっていうか。
ただし実際の運動能力と頭脳が抜群の人でないといかん訳ですね。
  1. 2012/10/22(月) 16:44:12 |
  2. URL |
  3. medical_rod #-
  4. [ 編集 ]

凄い熱意ですね

それだけのものを調べてまとめるとは。
私のような怠け者には絶対に真似が出来ません。
せっかくですからデジタル媒体にして残しておくのも良いでしょうね。
ウチなどは父系も母系もいくら遡っても水呑百姓でしょう。
せいぜい平氏の残党が良いところですね。
中野学校に勧誘されるとは。行かずに済んで良かったですね。
  1. 2012/10/22(月) 18:52:25 |
  2. URL |
  3. こおろぎ #q1cvaNjE
  4. [ 編集 ]

medical_rod 様

私の子供時代は忍者漫画がブームでした。そこでの忍者は鎖帷子に黒装束、手裏剣と鎖鎌で武装していました。そういう忍者ではなかったのですね。要は情報収集役です。medical_rod さんが言われるように「それが忍者だ」と言えばそうかもしれません。でもお庭番であることはみんな知っていたらしいですから、基本的に江戸時代は平和だったんでしょう。名字帯刀は許されているものの百姓もしていました。昔はけっこう田んぼも持っていたようです。それは祖父や父親、叔父たちが大学へ行く学費のために消えていったみたいです。江戸時代の役職というのは形骸化していきますからスパイであることを忘れるといことも十分あり得ます。じいちゃんの忍者もいたでしょね。後継ぎがいないと隠居できませんから自分がやるしかありません。
  1. 2012/10/22(月) 19:39:03 |
  2. URL |
  3. オモダカ #-
  4. [ 編集 ]

こおろぎ様

父親は退職しても家事をしませんでしたから暇はたっぷりあったと思います。350年前からの過去帳を見てルーツを探りたくなったのでしょう。ただお庭番といっても名字帯刀が許されているだけで、百姓もしていました。こおろぎさんは平家の残党ですか。山口なら落ち延びていった可能性はけっこうありますよね。父親が徴兵されたのは戦争末期ですから、中野学校も敷居が低くなっていたんでしょう。昨日まで普通の学生だった人間に声をかけるようでは末期症状ですね。
本土決戦をしていたら少尉だった父親は確実に戦死していたと思います。昭和天皇の決断で生き延びたということですね。
  1. 2012/10/22(月) 19:50:28 |
  2. URL |
  3. オモダカ #-
  4. [ 編集 ]

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