うつの海漂流記

2007年9月からうつ病に。3年休職して復職しましたが回復せず、早期退職。一人暮らしをやめて実家へ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

躁うつ病の後輩

月曜日ではありませんが、休み明けの朝は辛いですね。
幸い10時過ぎには少し回復してきました。
仕事は忙しいですね。
降ってわいたような大量の仕事がまだ処理できずに残っています。
できる部分は進めているのですが、他からもらうデータに欠落した部分があります。
これは私にはどうしようもないのでただ待つだけですね。
昔同じ係でとても仲のよかった友人に退職するとメールを送りました。
私が全然別系統の部署に異動したので顔を合わすこともなくなりましたが、かっては深い付き合いをしていたのです。
偶然ですが彼は私の大学のゼミの後輩でした。
けっこうウマがあって一緒に服を買いにいったりしていました。
昔は紳士服もブランド物が流行っていたのです。
ユニクロが売れる今の日本より豊かでしたね。
お互い家にも遊びに行きました。
結婚式にも出ています。
奥さんとも知り合いですね。
奥さんは保育士だったので友人の保育士の女の子を紹介されたこともあります。
彼は私と違って係長試験を受け、課長にまでなりました。
そこでダーティな仕事を任されうつを発症します。
半年ほど休職して復職したのですが、今度は異常に元気なんですね。
私は躁うつ病を疑いましたが、それはあたっていました。
3か月ごとに躁とうつを繰り返したそうです。
躁の時は高価な買物をしたり毎週旅行に行ったり毎晩午前2時まで起きていたそうです。
やがて深いうつに突入し2年間休職。
役職を務めることはできずヒラになりました。
今は落ち着いているそうです。
躁うつ病はうつ病より寛解が難しい。
北杜生は精神科医でしたが何十年も躁とうつを繰り返しています。
彼は辞めていく私のことをうらやましいと言っていました。
2人の子供が私立の高校、大学に進んだため貯金がないそうです。
65歳まで嘱託として働かざるを得ないのです。
私は結婚していなくてよかったと神に感謝しています。
はずみで結婚する可能性は何度かありました。
子供でもいたらいくら仕事が苦痛でも65歳まで働かなくてはなりません。
自由は貴重ですね。
孤独という対価を支払わねばなりませんが。

応援のぽちをお願いします。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ:鬱病 - ジャンル:心と身体

  1. 2013/03/07(木) 20:45:09|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<ストレスフルな係 | ホーム | ドイツ製のコート>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://panzershimizukengo.blog99.fc2.com/tb.php/1342-b5e76db4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。