うつの海漂流記

2007年9月からうつ病に。3年休職して復職しましたが回復せず、早期退職。一人暮らしをやめて実家へ。

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初めて飲んだボジョレー・ヌーヴォー

昨夜飲んだボジョレー・ヌーヴォーは今一つでした。
ファミリィマートで買ったのですが値段はハーフで1200円少々。
特に安い訳ではありません。
久しぶりに赤ワインを飲んだので味覚がうまく働いていないのかもしれませんが、フルーティな軽やかさは感じられませんでした。
初めてボジョレー・ヌーヴォーを飲んだのは30数年も昔のことです。
当時はワイン自体が今ほど飲まれておらず、ボジョレー・ヌーヴォーの解禁がニュースになることもなかったと思います。
その頃、私はCというバーに通っていました。
マスターは水商売の世界では変わり者で、東京の大学のロシア文学科修士課程を卒業しています。
マスターは別の意味でもマスター(修士)だった訳です。
自分の有限会社の名前はゴーゴリの小説からとったものでしたから、本格的なロシア文学愛好家だったのでしょう。
軍事にも詳しく私とはよく話が合いました。
一度自慢そうに腕時計を見せてくれたことがあります。
ソ連軍の公式腕時計で戦車部隊用の物でした。
当時は軍の公式腕時計が市場に出回ることは珍しく、私もその時計が欲しかったのです。
ただかなり大きな腕時計でしたから手首の細い私には似合わないと思って諦めていました。
マスターには洋酒のことをいろいろ教えてもらいましたが、それ以外の話もたくさんしています。
私の趣味を見抜いていて自慢したのでしょう。
マスターはワインも好きで当時はそれほど一般的でなかったボジョレー・ヌーヴォーを樽で仕入れていました。
樽入りのボジョレー・ヌーヴォーを初めて飲んだ時のことは覚えています。
通常の赤ワインは渋みがありますが、それがまったくなくとてもまろやかで、私は感激しました。
ボジョレー・ヌーヴォーを飲みつくした後の樽にはその香りが残っています。
この樽にウォッカを入れて風味をつけるんです。
ほんのりと赤く染まったウォッカも大変美味でした。
マスターは反骨精神の持ち主ですべての店が営業を自粛した昭和天皇の葬儀の夜も店を開けていました。
右翼が怖くないのかと私が尋ねると、右翼を怖がること自体がファシズムに繋がるんだと言っていましたね。
このCというバーには10年以上通ったのですが、事情があってある日突然閉店してしまいました。
その後しばらく飲みに行くバーがなくて困ったのを覚えています。
酒以外の物でもそうですが、やはり最初に味わった物は忘れられないですね。

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  1. 2014/11/22(土) 16:20:19|
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