うつの海漂流記

2007年9月からうつ病に。3年休職して復職しましたが回復せず、早期退職。一人暮らしをやめて実家へ。

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一周遅れのランナー日本

まず最初にお断りしておきます。
以下に述べることは私の個人的な仮説です。
私は戦史に関する本をかなり読んでいますが、同様の主張を読んだことは一度もありません。
またこの説が絶対正しいと主張するつもりもありません。
このような歴史解釈もできるかもしれないという風に考えていただけると幸いです。
今年2014年は第一次世界大戦開戦から100周年にあたります。
本屋にはふだんほとんど目にすることない第一次世界大戦に関する本が何冊か並んでいました。
でもそれぐらいで私が知る限り特集を組んだマスコミ、雑誌はなかったと思います。
それだけ日本では第一次世界大戦開戦に対する関心が薄いのでしょう。
第一次世界大戦は1914年6月、バルカン半島のサラエボでオーストリア皇太子が暗殺されたことを契機に始まりました。
英、仏、露、米を始めとする連合国と独、オーストリア、ブルガリア、オスマン帝国の中央同盟国が戦い、1918年に中央同盟国が破れて終戦を迎えています。
戦死者900万人、民間人の死者1100万人という当時としては人類史上最大のまさに大戦でした。
1904年から1905年にかけて行われた日露戦争の戦死者は16万人ですから、その途方もない規模がおわかりいただけると思います。
日本は連合国に加わって参戦しましたが、小規模の戦闘で独領の青島と南洋諸島を攻略し、英輸送船団を護衛するために駆逐艦を派遣したにとどまり、ヨーロッパでの本格的な陸戦は体験していません。
一方、経済界は戦争当事国から多大な注文を受け空前の好景気にわきました。
日本人は第一次世界大戦について悲惨な記憶を抱いていないのです。
しかし戦場となったヨーロッパは荒廃し、諸国民は戦争の悲惨さを深く胸に刻みました。
勝った連合国は平和を守るために国際連盟を設立するとともにドイツに軍備を10万人以内とする制裁を課しました。
誰もがもう戦争は2度としないと誓ったはずなのです。
ところが敗戦で痛めつけられたドイツでヒトラーが政権を握り、軍備を一方的に拡張してオーストリアやチェコを併合するという侵略策をとります。
当時の英仏政府は戦争を恐れてヒトラーに対し宥和政策をとったので、1939年9月、増長したヒトラーはポーランドに侵攻しました。
堪忍袋の緒が切れた英仏はここに至ってようやくドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まりました。
第一次世界大戦が終わって第二次世界大戦が始まるまで21年しかたっていません。
日本では太平洋戦争の悲惨さを語り継ごうという主張がなされます。
戦争の悲惨さを忘れなければ戦争は起きないという考えがあるんですね。
しかしヨーロッパでは諸国民のほぼ全員が語り継ぐまでもなく戦争の悲惨さを熟知していたのに次の大戦が起こってしまいました。
そこからヨーロッパの人間は戦争の悲惨な記憶は必ずしも戦争を抑止しないという結論を得たのではないでしょうか。
もちろんそれを口に出して言う者はいません。
そんなことを主張すれば第一次世界大戦の死者を冒涜することになるからです。
でもそう考えるとEUを設立し、かなり無理をして共通通貨ユーロの使用を決定したことが理解できるのです。
ヨーロッパ人は戦争の悲惨な記憶ではなく共通の通貨によって戦争を防止するという道を選択したんですね。
今の日本人の戦争観は第一次世界大戦後のヨーロッパ人のそれと一緒だと思います。
世界史的には一周遅れのランナーと言っていいのではないでしょうか。

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テーマ:うつ病(鬱病)、メンタルヘルス - ジャンル:心と身体

  1. 2014/11/24(月) 17:21:19|
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